三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫として生まれ、令嬢として育った澤田美喜は、熱心なクリスチャンで、外交官夫人としての体験なども手伝い、戦後の混乱の中でアメリカ占領軍兵士との間に生まれた混血児の救済と養育のためにエリザベスサンダースホームを設立しました。
エリザベスサンダースホームの敷地には元々岩崎家の別邸がありましたが、戦後の財閥解体とともに、岩崎本家は財産税として大磯駅前の別邸を政府に物納しました。澤田美喜はこの土地を政府から買い戻し乳児院を立てようとし、岩崎本家の資金などあてにもせず先ず自己の持物の財産を全部はたきました。しかし資金が足りず困り果てていた時に、英国大使館に福祉事業に使って欲しいと委託されていた英国人エリザベス・サンダースの遺産170ドルが寄附されました。この寄附の資金を基にして岩崎別荘を買い戻し乳児院の設立に踏み切る事が出来ました。
最初の寄付者エリザベス・サンダースは、財閥三井家に四十年間働き八十歳の高齢で一生を終えました。その遺産170ドルは彼女の四十年間の貯蓄でした。澤田美喜が乳児院にエリザベスサンダースホームと名付けたのは、寄付者の名を付けて長くその厚意を伝えんとしたものです。
熱心なクリスチャンであった澤田美喜は 隠れキリシタンの遺物の収集家でもありました。殉教者の子孫が大切に守ってきた品々に強い信仰の息吹を感じるとして、持ち主の名はもちろん、作者、明確な時代も判らぬままに、取り上げられ、打ち棄てられた隠れキリシタンたちの遺物を九州のみならず、本州のあらゆる場所を巡り歩き、収集しました。 澤田美喜記念館はそんな澤田美喜の生前の遺志を引継ぎ建設されました。建物はノアの方舟をイメージした長六角形の船型で、2階は聖ステパノ礼拝堂、1階はコレクション展示室となっています。澤田美喜が戦前戦後四十年にわたって収集した、江戸時代の隠れキリシタンの遺品や関連する品々851点が展示されています。
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