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「切通しの身代り地蔵さん」として親しまれてきました。現在の東海道が昭和 11年に拡幅されるまでは今の切通しのところにありました。

相模新西国三十三観音めぐり第十一番霊場

【身代り地蔵尊(町指定重要文化財)】

「身代り地蔵尊」 を特別公開します。

日にち:平成24年1月24日(火)、平成24年8月24日(金)、平成24年10月24日(火)

時間:10:00〜19:00

身の丈約一米五十 糎 (1.5 メートル ) の石造りの鎌倉時代の地蔵菩薩立像で、はじめは切通しの岩窟の中に祀られていました。

〜謂れ〜

後鳥羽天皇の時代に、梶原平景時の家臣、悪太郎義景という人がこの地蔵尊を深く信仰していました。
1191年、鎌倉八幡宮に参拝する源頼朝の行列に突然襲いかかる集団があり敵味方入り乱れての大乱戦となり、悪太郎義景は敵方に加わったと間違えられて畠山重忠に討たれてしまいました。しかし、悪太郎の身体には刀傷ひとつなく不思議に難を逃れたのですが、この地蔵尊の身体より血潮が流れ出し、あたかも刀剣の傷を受けたような痕がついていました。これは永年この地蔵尊を信仰していたおかげだと皆が語り合っていることが主君の耳に入り悪太郎は助命され、重忠はこの刀を「地蔵丸」と名付け家宝として今日に伝わっているとのことです。

その後、明応年間に大住郡岡崎四郎の娘がこの地蔵尊を深く信仰し、夜更けになるまで参拝しているのを悪い若者達がこれを怪しみ、道をふさいだり邪魔をしたのですが娘は少しも恐れず、尊号を唱えながら行くのでますます怪しみ、待ち受けて娘の首を討ち落としてしまいました。
娘はひと声叫んで倒れてしまいましたが、身体に異常はないのでこの場を逃れ我が家に帰り、その出来事を話すと村の人達は驚いてこの地蔵尊を訪ねました。するとこの地蔵尊の首が落ちていました。

このような霊験のあることにより人々は皆、「身代り地蔵」と称して1689年お堂を建て建立し尊像安置の霊場としました。
その後、危難厄難滅除の為、特に戦時中は戦地に赴くわが子を銃弾から守るため、全国から多くの参拝者で賑わいました。
今日でも交通事故や旅行中における不慮の事故から身を守るために参拝する人達が訪れています。

「切通本尊身代地蔵尊縁起」より要約

所在地: 大磯町国府本郷513
行き方: JR大磯駅よりバス5分 磯01、07、13、14系統
または平43、47系統 「城山公園前」下車 徒歩5分
 
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