今から 180 年ほど昔の祭祉です。
身の丈約 90 センチ。
毎年 4 月 24 日に念仏を唱え、お参りする。縁起はお伊勢参りである。
今からおよそ 300 年昔。桜の花の散り始めた頃水盃を交してお伊勢参りに旅だった数人の村人達は、無事に参詣をすませて大井川まで戻ってきた。
事件は街道一の難所、様々な悲劇を生んだ、大井川の川止めの哀話の一つです。
この村人達の中の一人の若者は、周囲の人々が止めるのも聞かず、帰路を急ぐあまり川止めの禁を敢えて犯してしまう。川の中ほどにさしかかった時、増水した川は怒り濁流が彼を一気に呑みこんでしまいました。それもそのはず、結婚後三ヶ月もたたない若妻が家で待っているので、一日も早く妻のもとに帰りたかったのでしょう。お伊勢参りのみやげ物と、脱いだ着物を頭にのせて、逆巻く川にとびこんで命を落としてしまったのである。
村人達は村へ戻り、若妻を見るに忍びず、仕方なくかねてから示し合わせた作り話を持ち出した。「夫は、川止めと聞いて、幾日も待っておれないと舟で伊豆を廻ってこゆるぎの浜へ帰ると先に宿を出たが、未だ戻っていないのかい。」と嘘を言った。人々はけげんそうに顔をあわせ、目顔でうなづきあった。
若妻の心は乱れ、旅姿から夫の安否を探ろうとしたが、声がのどに詰まった。彼女は一目散に走り出した。海の見える所へ、こゆるぎの浜が見えるところへ……。
展望の台地(湘南富士見平)へ迷い出て相模灘を覗きこむように夫の帰りを待ったが、幾日待っても夫の姿は見る由もなく、家に戻る事を忘れた彼女は、ついに歌うが如、泣くが如、夫の名を呼び続けてこの台地をさまよう身となっとしまいました。
「泣きの原」とは、悲しい彼女の魂を慰むべくもない言葉であります。
後に、この話に感激した一女性が私費を投じて地蔵を建立し、厚くこの若妻を供養しました。
これが「愛の地蔵尊」である。
上記のような哀話から、人々は「泣きの原の地蔵さん」と呼んで、婚礼の際花嫁の行列はこの地蔵尊の前を避けて通るようになりました。
また、いつの頃からかこのお地蔵さんの前にたくさんの石が置かれるようになり、誰が持ってきたのかはわからないが、こゆるぎの浜の石で願望成就のお礼石のようです。
願いごとが成就した際に、石を倍にして返すようです。
またこの石が、イボ取りに効き目があることは定評にあり、この石でイボを2〜3回こすっておけばいつか落ちてしまうそうである。
(『大磯の伝説 其の一』 大磯町観光案内所発行 より)
この地蔵尊がある富士見平は、富士山の眺望もすばらしい地でもあります。
| 行き方: |
JR大磯駅よりバス30分。磯01系統「富士見平」下車 徒歩1分。 |
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