| 大磯式木製リールの誕生 |
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≪大磯式木製リール誕生前の投釣≫ |
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大磯周辺の最初の投釣は、「大縄」と呼ばれる竹竿に長い縄(ひも) (地元では「オーナ」と読んでいました)を結び、現在のフライフィッシングのような投げ方をしてワカシやワカナゴ、ソーダガツオなどを釣り上げていたそうです。 |
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| 大縄とは・・・ |
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麻を編んで太く重くして、竿につけました。竿の3倍〜5倍の重さのひもをつけると、より遠くに飛ばすことができたそうです。
なんと竿の部分には、直径6.5oぐらいの太さに編んでいたそうです。
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縄の重さに頼るのでなく、竿に仕掛けと糸のついた重りをつけて、その重りを飛ばすことで遠くに飛ばすようになりました。
ただし、糸は手で手繰っていました。 |
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リールの普及 |
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≪大磯式木製リールの誕生≫ |
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リールを世界で一番最初に使ったのは、中国だといわれています。
日本にも輸入されていましたが、日本での普及は大正時代以降と言われています。
輸入品であったリールに地元釣具店『みとめや』の主人、尾上榮吉氏が改良を加え、「みとめや式木製リール」を販売、後に「大磯式木製リール」と呼ばれるようになりました。 |
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| ↑ 大磯式木製リール ↑ |
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大磯式木製リールでどのように釣るの?
このころの仕掛けの投入方法は、リールから糸を投げる分だけ取り出して地上に置いてオモリをもって投げたそうで、巻き取り専用だったようです。
その後は錠前型のオモリを通して竹を振ってとばしたらしいです。 |
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←大磯式木製リールを使って
使い方を説明してくれる尾上正一氏 |
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この「大磯式木製リール」を使うとたいそうよく釣れたそうで、このリールも飛ぶように売れました。 |
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←
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昭和4年 神奈川水産会主宰の大会で、車釣竿の部で弐等賞に輝いています。 |
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ただ、糸を水平に巻き取ったりするなどのワザが必要だったため、正一氏はお客様と釣り場まで一緒に行き、投げ方の実地訓練をする「アフターサービス」まで行ったそうです。 |
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| 番外編 |
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大磯式木製リールを発展させて(?)作られたのが、小田原式リール。
直径が大きいので、より遠くに飛ばせたそうです。 |
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(中央)大磯式木製リール
(左)その前身 やや小型
(右)小田原式リール 大磯式より直径が大きい |
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昭和20年には後のオリンピック釣具『植野製鋼』が「大磯式木製リール」に目をつけ、調査に訪れ、金属やベークライト、プラスチック製のリールを作りました。 |
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 (左)大磯式木製リール
(右)横転式リール ベークライト製
*写真は植野製鋼のものではありません。 |
竿に取り付けてからリールが90℃横転して糸が伸びていくので、横転式リールと言われました。
この横転式リール、海面におもりが着地した際、糸が自然にとまるという利点がありました。
しかし、糸を巻き戻すときに糸がよれてしまうという難点もありました。
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第二次大戦後の昭和30年ごろには、進駐軍によってスピニングリールがもたらされました。
まだまだ高価で珍しいリールでしたが、大磯の海では樺山資紀氏が早くから使いはじめ、既存のリールと比較してあまりにも遠くに飛ばすことができるので、一気に広まりました。 |
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横転式木製リールでは、おおよそ80m〜100mしか投げられませんでした。
スピニングリールはその約2倍(120m〜140mぐらい)飛ばすことが出来ました。 |
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(右)戦後初期のスピニングリール
(樺山資紀氏も使った??)
(左)現在のスピニングリール |
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リールはもともとは海外からもたらされたものですが、みとめや釣具店のご主人が開発した
“大磯式木製リール”が、日本で誕生したリールのはじまり
と言っても過言ではありません。 |
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| 番外編 |
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遠くに飛ばすために進化したのは、リールだけではありません。
糸や竿も進化しているのです。 |
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*本内容は、みとめや釣具店 尾上正一氏の話をまとめたものです。 |