isotabi.com イソタビドットコム 大磯の旅ガイド
    大磯はじめて物語
 
第4回 大磯式木製リール
 
 

大磯町の南側は一面が海。

東側の北浜海岸はサーフィンや海水浴客で賑わい、大磯漁港に隣接する照ヶ崎海岸はアオバトの集団飛来地として県の天然記念物に指定されています。
西側をこゆるぎの浜といい、万葉の和歌にも数多く詠まれており、また近世ではこの浜沿いに多くの政財界人が別荘を構えました。

大磯漁港周辺やこゆるぎの浜では、一年を通して釣りを楽しむ人で賑わっています。
そんな大磯で誕生したのが、

“ 大磯式木製リール ”

リールの発祥は中国だと言われ、日本の奈良時代ころにはすでにあったと言われています。
日本でリールが普及しはじめたのは大正時代以降と言われていますが、実は日本にリールが普及してから現在のリールに発展するまでには、大磯が重要な一役を担っていたのです。

 

大磯式木製リールの考案者・開発者である
みとめや釣具店 尾上榮吉氏のご子息
尾上正一氏から聞いた内容に基づいて、

大磯の 「“大磯式木製リール”はじめて物語」 のはじまりはじまり〜

キーワードは <投釣の醍醐味は 遠くに飛ばすことにある!!>

大磯式木製リールの誕生
  ≪大磯式木製リール誕生前の投釣≫
    大磯周辺の最初の投釣は、「大縄」と呼ばれる竹竿に長い縄(ひも) (地元では「オーナ」と読んでいました)を結び、現在のフライフィッシングのような投げ方をしてワカシやワカナゴ、ソーダガツオなどを釣り上げていたそうです。
   
大縄とは・・・
  麻を編んで太く重くして、竿につけました。竿の3倍〜5倍の重さのひもをつけると、より遠くに飛ばすことができたそうです。
なんと竿の部分には、直径6.5oぐらいの太さに編んでいたそうです。
   
    縄の重さに頼るのでなく、竿に仕掛けと糸のついた重りをつけて、その重りを飛ばすことで遠くに飛ばすようになりました。
ただし、糸は手で手繰っていました。
   
    リールの普及
     
  ≪大磯式木製リールの誕生≫
   

リールを世界で一番最初に使ったのは、中国だといわれています。
日本にも輸入されていましたが、日本での普及は大正時代以降と言われています。

輸入品であったリールに地元釣具店『みとめや』の主人、尾上榮吉氏が改良を加え、「みとめや式木製リール」を販売、後に「大磯式木製リール」と呼ばれるようになりました。

   
   
↑    大磯式木製リール    ↑
   

大磯式木製リールでどのように釣るの?

このころの仕掛けの投入方法は、リールから糸を投げる分だけ取り出して地上に置いてオモリをもって投げたそうで、巻き取り専用だったようです。
その後は錠前型のオモリを通して竹を振ってとばしたらしいです。

←大磯式木製リールを使って
  使い方を説明してくれる尾上正一氏
    この「大磯式木製リール」を使うとたいそうよく釣れたそうで、このリールも飛ぶように売れました。
   

 
昭和4年 神奈川水産会主宰の大会で、車釣竿の部で弐等賞に輝いています。
    ただ、糸を水平に巻き取ったりするなどのワザが必要だったため、正一氏はお客様と釣り場まで一緒に行き、投げ方の実地訓練をする「アフターサービス」まで行ったそうです。
   
番外編
  大磯式木製リールを発展させて(?)作られたのが、小田原式リール。
直径が大きいので、より遠くに飛ばせたそうです。

 


(中央)大磯式木製リール
(左)その前身 やや小型
(右)小田原式リール 大磯式より直径が大きい
    昭和20年には後のオリンピック釣具『植野製鋼』が「大磯式木製リール」に目をつけ、調査に訪れ、金属やベークライト、プラスチック製のリールを作りました。
   

(左)大磯式木製リール
(右)横転式リール ベークライト製
*写真は植野製鋼のものではありません。

竿に取り付けてからリールが90℃横転して糸が伸びていくので、横転式リールと言われました。
この横転式リール、海面におもりが着地した際、糸が自然にとまるという利点がありました。
しかし、糸を巻き戻すときに糸がよれてしまうという難点もありました。

 

    第二次大戦後の昭和30年ごろには、進駐軍によってスピニングリールがもたらされました。
まだまだ高価で珍しいリールでしたが、大磯の海では樺山資紀氏が早くから使いはじめ、既存のリールと比較してあまりにも遠くに飛ばすことができるので、一気に広まりました。
   
横転式木製リールでは、おおよそ80m〜100mしか投げられませんでした。
スピニングリールはその約2倍(120m〜140mぐらい)飛ばすことが出来ました。
   

(右)戦後初期のスピニングリール
(樺山資紀氏も使った??)

(左)現在のスピニングリール

   

リールはもともとは海外からもたらされたものですが、みとめや釣具店のご主人が開発した

“大磯式木製リール”が、日本で誕生したリールのはじまり

と言っても過言ではありません。

   
番外編
  遠くに飛ばすために進化したのは、リールだけではありません。
糸や竿も進化しているのです。
 
    *本内容は、みとめや釣具店 尾上正一氏の話をまとめたものです。

≪もう一つの大磯はじめて物語≫
  “白キス投釣大会”の発祥も大磯!!
   

大縄 と呼ばれた投釣からはじまり、大磯式木製リールの誕生。
リールが普及してからは、投釣ブームが加速しました。

1949年(昭和24年)に「第1回大磯シロギス大会」が開催。
大磯式木製リールの発祥、普及により大磯海岸で投釣が流行り、そして大会の開催に 至ったと考えられます。

スピニングリールの普及が昭和30年頃ということは、第1回大会からしばらくは、 大磯式木製リールや横転式リールで白キスの釣果を競っていたのでしょう。

こゆるぎの浜の約5kmの海岸線を会場とし、白キスの大きさで審査をします。
2011年の大会で第62回を数えます。

   

大磯の南側一帯に広がる海岸線

第61回白キス投釣大会の様子
    照ヶ崎海岸からこゆるぎの浜にかけては、「日本の渚100選」に選定されています。
素晴らしい富士の眺望を楽しみながら、釣りをお楽しみいただけます。
 
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