大磯町内では月遅れの8月におこなわれています。
七夕は、一般には中国の牽牛織女の伝説に由来する星祭りとしてのイメージが強いようですが、町内ではそれとは違った性格をもつ行事としておこなわれています。
6日の朝、里芋の葉の露を集めて墨を摺り、夕方に色とりどりの短冊に家族の名前や願い事を書いて笹竹につけて門口にたてます。竹飾りは7日の夕方、近くの川に流しますが、西久保では鳥除けや虫除けとして畑に立てておくこともありました。
また、西小磯では小供連と呼ばれる子どもだけの組でおこなってきました。
ここでは毎年当番の家を決め、6日に竹飾りを持って集まりました。そして、村内のセエノカミ、神社、地神、井戸、辻などをまわり、唱え言をしながら竹飾りを地に叩きつけて祓います。次いで、竹飾りを束ねて竹神輿をつくり、再び村中を祓いながら練り歩きます。
また、組によっては狐、猿、オカメ、ヒョットコの面をかぶり、踊りながら各家を訪問したこともありました。
この行事は、かつて村に悪い病気が流行ったため、疫病神をお祓いしたのが始まりで、盆のオショロサン−祖先の霊−を迎えるにあたり、村中を浄めているのだと伝えています。
また、竹神輿は龍の形を表しており、雨乞いを兼ねているのだとも言われています。
なお、この行事には女の子は参加できませんでしたが、七夕のことをうたった盆唄を唄うこともありました。 |